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我思う、ゆえに我あり

デカルトの言葉ですが、たまにこの言葉について考えます。
デカルトの定義なんて私にはどうでもいいことですが、
この言葉が妙に考えさせる言葉である事は確かです。

我思う、ゆえに我あり

自分とは何て愚かで、弱い存在なんだろうとたまに思います。
安定して楽しい時は不安を抱くことを忘れます。
でも壁にぶつかり、心がくじけそうになると、物事に対して虚偽を感じ
虚しさを覚えることもあります。
人は弱い存在、だから誰かが必要だったり、必要とされたり。
こんな気持ちの時に、友情や友達なんて言葉がちっぽけに思えます。
本当の繋がりは心が知っているからです。

我思う、ゆえに我あり

この言葉を、心でつぶやくと、冷静さを取り戻します。
心のバランスが不安定な時は、理屈や理性ではどうにもならない時があります。
でも、この言葉を唱えると、自分を客観的に見ることができる気がします。
今の自分を、自分で見てみる。
そんなことは鏡を見るのとは訳が違いますが、
ようは、主観的な自分の意思を、自我を別の目(心)で見ようとする意識です。

我思う、ゆえに我あり

悩んでた事が馬鹿らしくなり、自分で笑えたら、壁を乗り越えてます。
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